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登場人物紹介

  • ◆サナディー:
      言葉を理解するサナダ虫

  • ◆カナコ:宿主

  • ◆ケイコ:カナコの親友

著者プロフィール

  • 穴澤賢(あなざわまさる)
    1971年大阪生まれ。
    ペットブログ「富士丸な日々」の管理人。
    著書に「富士丸な日々」、エッセイ「ひとりと一匹」などがある。

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第三十二回

「あぁ、カナコ遅いじゃない。五分遅刻よ」
「ごめん、ちょっと一本電車乗り損ねて」
「まぁいいわ。コーヒーでいい?」
「うん」
「すいませーん! ホットをあとひとつくださーい。あ、電話で少し話したでしょう? この人が、そのナカタさん」
「あ、はじめまして」

「はじめまして。エンドウさんだっけ? クリハラから聞いたけど、今、無職なんだよね?」
「あ、はい」
「あのねカナコ、ナカタさんはこの間までうちの会社でクリエイティブ・ディレクターだったんだけど、独立したの。それで会社を立ち上げたのはいいんだけど、ちょっと人手が足りないんだって」
「クリエイティブ・ディレクター……」
「ぼくから説明するよ。クリエイティブ・ディレクターっていうのは、広告を統括する仕事でね、たとえばひとつの商品があったら、テレビCM、新聞や雑誌の広告、ビルの看板やチラシ、さらにはウェブまであるでしょう? それらがバラバラなイメージにならないように統括する役割なんだよ。で、クリハラがいうように、ぼくも会社の中でそれをやってたんだけど、四十五歳になったのを機に独立しようかと思ってね、目をかけていたデザイナー二人とコピーライターと、たった四人で立ち上げた小さい会社なんだけど、電話に出てくれたり、お客さんにお茶を出したりとか、ちょっとした校正とかしてくれる人がいなくて困ってたんだよ。で、クリハラに聞いたら、無職の友達がいるっていうんで、じゃあ紹介してくれっていったんだけど、相変わらず仕事が遅くて」

「仕事が遅いんじゃありません! ちょっと、事情があったんです。ね? カナコ」
「えぇ、まぁ……」
「事情って何だ」
「まぁいいじゃないですか。で、カナコどうする? やってみる?」
「そんないきなりやってみるっていわれても、私、広告のことなんて何も知らないから」
「いいんだよ。そんなもん知らなくていいの。最初は誰だって素人なんだから。クリハラだって最初の頃はひどかったんだから。なぁ?」
「私のことは、今関係ないじゃないですか」

「どう? エンドウさん? やってみない? ていうか、やって。お願い」
「相変わらず軽いっすねぇ、ナカタさん」
「うるさいよ。それが俺の売りなんだから。どう? エンドウさん」
「い、いいんですか? でも、なんていうか、クリエイティブ・ディレクターっていう言葉もはじめて聞いたし……」
「実際そんな言葉はまず使わないから。全部略して覚えればいいんだよ」
「そうそう、アート・ディレクターなら頭文字を取ってエー・ディー、ナカタさんはクリエイティブ・ディレクターだからシー・ディー。ね、簡単でしょ? カナコ」
「うん、そういうのはすぐ覚えると思うけど、なんていうか」

「エンドウさんてさ、何かやりたいことってあるの?」
「いえ、それが特に」
「そりゃちょうどいい」
「ちょうどいい、ですか?」
「うん。クリハラみたいに野心ばっかり強いより、そんなのない方がずっと使いやすいからね」
「私、野心なんてありません!」
「あるじゃない。やれ、あれはおかしいだの、こうした方がよくないですか、とかいちいち噛みついてくるじゃないか」
「それは、まぁ、たしかにいいましたけど……」
「ま、それはそれでいいんだけど、クリハラみたいのがうちの会社にいたらうるさくてかなわん」
「私、うるさくなんてないです!」
「それがうるさいんだよ。いいからちょっと黙ってろ。で、どう? エンドウさん。ちょっとうちで働いてみない?」

「あの、本当に私でも大丈夫なんでしょうか」
「大丈夫大丈夫。とりあえずやってみたら? うちも助かるし」
「で、でも、そんな簡単で……いいんでしょうか。今さっき会ったばかりだし」
「ごめんカナコ、いうの忘れてた。ナカタさんて、こういう人なの」

「どういう意味だよ、クリハラ。俺はな、これでも人を見る目はあるんだ。こう、見た瞬間にオッケー! みたいなさ」
「ただの見た目じゃないですか」

「世の中な、何でも簡単に考えた方がいいんだよ。難しく考えたってろくなことはない」
「そう、カナコ。ナカタさんって、こうなの。仕事もだいたい即決で、はいそれで決まりってなったらダーっとやっちゃう感じ。超テキトー、いい加減。でも何だか知らないけど、クライアントには人気があってね。だからまぁ、独立することになったんだけど」
「いい加減とは何だ。だいたいな、それが元上司に対して使う言葉か」
「はいはい。すいませんでしたね。だけどナカタさんだって一回クライアントに『帰れ馬鹿』っていって大問題になったじゃないですか。その方がひどくないですか? 相手はクライアントですよ?」
「あれはあっちが本当に馬鹿だったからしょうがないだろう。あんな頭の悪い奴と仕事をしてもろくなことはない。あそこで手を切ったのは非常にいい判断だった」
「そうでしょうかね。ま、私はそうは思いませんけど。で、カナコどうするの?」

「エンドウさんさ、さっきやりたいことがないっていったでしょ? それって普通なんだよ。やりたいことがないって悩んでる若者がいるけど、やりたいことがある人の方が圧倒的に少ないの」
「そうなんですか?」
「そうだよ。それに近ごろは若いくせに将来不安だ何だって悩んでる奴が多いけど、そんなもん、いつまで経っても不安だからね。もちろんぼくだって不安。もっというと若い奴らよりちょっとオッサンな分、もっと不安」
「ちょっとじゃないじゃないですか。格好が若いだけで、かなりオッサンですよ、ナカタさん」
「いちいちうるさいよ、いいからちょっと黙ってろ」
「はいはい」

「わかった? 安心なんてどこまでいってもないんだよ。一時的な安心はあってもね。クリハラみたいに大企業でぬくぬく働いてたって、そのうちきっと不安になるよ」
「私、ぬくぬくなんてしてません! それに、別に安心なんてしてませんから」
「それでいいんだよ、それで。結局何があるかわかんないんだから、人生なんて。どうせ死ぬんだし」
「死ぬ、ですか」
「うん、エンドウさんだって必ず死ぬよ。いつかは知らないけど、絶対に死ぬから。ぼくだって死ぬ。ようはね、人は生まれながらに死ぬ運命だってこと。だからさ、生きているうちくらい楽しく暮らそうよ」

「ナカタさんて昔っからそうですよね? チョーお気楽」
「お気楽のどこが悪い。これでも俺だってな、会社の社長として、日々不安と戦ってだね、従業員の生活を考えてだね、さらには新たな社員の獲得に……」
「もういいです。で、カナコ。どう? やってみない? ナカタさんて話すと馬鹿っぽいけど、仕事はできるし、悪い人ではないよ」
「馬鹿は余計だ」
「うん。もし私にもできるなら……」

「よし決まり。じゃエンドウさん、来週頭から来てくれる? あ、そうそう肝心なことを忘れてた。お給料、いくら欲しい?」
「いくらっていわれても……」
「年、いくつだっけ?」
「二十六歳です」
「じゃ、とりあえず二十六万からでいい?」
「いい加減ですねぇ、ナカタさん。あ、でもカナコ、誕生日ってもうすぐじゃない?」
「うん、来月の二十二日だけど」
「ナカタさん、というわけで二十七万になりません?」
「クリハラ、お前な」
「いいじゃないですか。年齢で決めたのはナカタさんなんですから。どうせ来月で二十七になるんだから、一万くらい」
「わかったわかった。じゃあ二十七万からで」
「あと、交通費は別で」
「まったく、わかったよ。それでいいかな? エンドウさん」

「十分です。ありがとうございます。あの、よろしく、お願いします」
「ナカタさん、あと、ちゃんとカナコにボーナスもあげてくださいよ」
「わかってるよ。ただし、儲かったら、だ」
「良かったね、カナコ。仕事決まったじゃん。それにね、ナカタさんて人脈凄いから、きっと色んな人に会う機会が増えるよ。ひとまず、頑張って」
「ありがとう、ケイコ」

ありがとう、ケイコちゃん。
カナコちゃんを許してくれたうえに、仕事まで紹介してくれて。
これでひと安心だね。
神様、ぼくの望みを叶えてくれて、本当にありがとうございました。

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