エピソード
登場人物紹介
◆サナディー:
言葉を理解するサナダ虫
◆カナコ:宿主
◆ケイコ:カナコの親友
著者プロフィール
「どうですか、みなさん。グループで自分の気持ちをシェアしたお気持ちは。いかにあなたたちが普段、人の話を聞いていないか、自分の本音を話していないか、よくわかったんじゃないですか? 話せば少し楽になったでしょう。そうなんです。わたしたちはお互いに気持ちをシェアするということを忘れていたのです。相手のことを思いやる心。それが大切なんです。では、次はアシスタントの指示に従って、グループの中でペアを作ってください。そしてその二人は、お互いの辛かった体験、家族の話、また自分の嫌いな部分についてじっくりシェアしてください。では、どうぞ」
シェアシェアっていってるけど、自分の話をして、人の話を聞いてるだけじゃないか。そんなことがニンゲンにとってはそんなに大切なんだろうか。ぼくなんて、生まれてから誰とも話をしたことがないし、カナコちゃんに自分の気持ちを伝えることだってできないのに。もしも、カナコちゃんとお話することができたら、きっと嬉しいだろうな。みんなこういう気持ちなのかな。
「トレーナーから指示があったように、これから二人一組でダイアードを作ってもらいます。そこで自分の辛かった体験、自分の家族について、自分の嫌いな部分についてシェアしてください。ただし、相手の話を決して否定しないこと。どんな話を聞いても、わかります、と答えてください。では、あなたとあなた、それからあなたはあなたと、あとの二人、それぞれダイアードを作ってシェアをはじめてください」
カナコちゃんは、さっき家族と距離を感じるとかいっていた四十二歳のおじさんとペアを組んだみたい。
おじさんは、いろいろな話をカナコちゃんにした。家族と距離ができたのは、実は自分の浮気が原因であること。実はその愛人とは密かに今でも交際していること。本音をいえば、家族なんか捨てて愛人と人生をやりなおしたいと思っていること。子どもの頃、ぜんぜんモテなかったこと。初めて女の人とセックスをしようとしたときに、うまくできなかったこと。それを女の子に気遣われたことがショックだったこと。今でも性にたいしてコンプレックスがあること。どんどん濃い話になっていった。それをカナコちゃんはずっと「わかります」とだけいって聞いていたんだ。
ぼくにはそんな話どうだってよかった。カナコちゃんがどんな経験をしてきたのか。どんな辛いことがあったのか。ぼくはカナコちゃんのことが知りたかったんだ。
おじさんの話が落ち着いて、ようやくカナコちゃんが話す側になった。どんなこというんだろう。
「ぼくの、つまらない話を聞いてくれてありがとう。さ、次はあなたの番ですよ」
「あ、あの……」
「大丈夫ですよ。あなたがぼくの話をしっかり聞いてくれたみたいに、ぼくもあなたの話をしっかり聞きます。だから、聞かせてください。さぁ」
「あの、実は私、子どもの頃から親の仕事の都合で転勤が多かったんです。中学を卒業するまでに五回も転校して。だから、ずっと友達ができなかったんです。仲良くなった頃にはまた転校で」
「わかります」
「それに、転校するとその学校特有の雰囲気があるから、次第にそれに合わせるようになって。いつもみんなと同じことをしようって思うようになったんです」
「わかります」
そうなんだ。カナコちゃん、子どもの頃にそんなことがあったんだ。
「でも、それなりにうまくやってたんです。順応力がついたっていうか。いじめられたりすることも特になかったし……」
「わかります」
「それに、自分でいうのは変だけど、とびきり美人ではないけど、そんなにひどくもないと思ってたんです。なんていうか、普通というか」
「わかります」
「中学一年の時にまた転校して、実はそこではじめて好きな男の子ができたんです。といっても最初はほんとに憧れていただけで。その男の子、結構モテていて、クラスにもその子が好きだっていう女の子が何人もいたりして。だから、ほんとに私は遠くから見ているだけで」
「わかります」
「だけどある日、その男の子から告白されたんです。好きです、付き合ってくださいって。もう私びっくりしちゃって。すごく嬉しかったんだけど、クラスの他の女の子から何か思われても嫌だから、最初はごめんなさいって断ったんです」
「わかります」
「そしたら、学校のみんなには内緒にして付き合おうっていってくれて。本当に嬉しかった。それから学校が終わってから、一駅離れたところで会ったり。それがなんだか二人だけの秘密みたいでとっても楽しかったんです」
「わかります」
「まだ中学生だし都会でもないから、やることなんてなかったんです。公園に行ってお散歩したり。でも楽しかった……」
「わかります」
カナコちゃんにもそんな時代があったんだね。
「ある日、彼の方から手を繋ごうっていってきて。恥ずかしかったけど、手を繋いだんです。そしたら、小指が短いねって笑うんです。たぶん、悪気はなかったと思うんだけど、自分でちょっと気にしていたことだから余計に傷ついて。どうしてそんなこというんだろうって」
「わかります」
「だからって、そんなこといえないし。で、それからだんだん彼のことを遠ざけるようになったんです」
「わかります」
「会わなくなってしばらくした頃、クラスの女の子が自慢してきたんです。その彼と付き合うことになったんだって。彼女から告白したらオッケーだったって。私、なんでもない顔をするのに必死だった。たしかに私から遠ざけたのは事実だけど、だからってはい次っていう彼のことが信じられなくて」
「わかります」
「それから、その男の子と会話をすることもなく、目をあわすこともなくなって。辛かったけど、なんかもう口をきく気にもなれなくて。その後、中学二年のときにまた転校することになって、それっきりなんだけど、あのときのことは今でも覚えてるんです」
「わかります」
そんなことがあったんだね、カナコちゃん。辛かったんだろうね。
でもぼくはカナコちゃんの過去を知ることができて、ちょっと嬉しいんだ。
それにしてもたくさんしゃべったよね、カナコちゃん。
どうしたんだろう、これもシェアっていうやつの影響かな。
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第二十一回
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第二十三回