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登場人物紹介

  • ◆サナディー:
      言葉を理解するサナダ虫

  • ◆カナコ:宿主

  • ◆ケイコ:カナコの親友

著者プロフィール

  • 穴澤賢(あなざわまさる)
    1971年大阪生まれ。
    ペットブログ「富士丸な日々」の管理人。
    著書に「富士丸な日々」、エッセイ「ひとりと一匹」などがある。

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第一回

ぼくの名前は、サナディー。世間ではサナダ虫っていわれてる。
どうしてサナダ虫って呼ばれるかというと、昔あった真田紐にぼくの姿が似ているらしいからなんだ。ぼくは真田紐がどんなものか知らないんだけどね。
言葉の響きは嫌いじゃないけど、虫じゃないから、自分ではサナディーっていうようにしてるのさ。
 
ぼくらは自分の力では生きられない。獲物だって狩れないし、木の実だって見つけられない。だから、ニンゲンの体の中に入って、こっそり栄養を分けてもらうしかないんだ。
悪さなんかしないよ。そんなことしたら、ぼくだって生きていけないから。
そもそもニンゲンに出会える確率は、とても低いんだ。
幸いにして、ぼくはニンゲンに出会えた。カナコちゃんという女の人なんだけど、ぼくはそのお腹の中でひっそりと暮らしているというわけなのさ。
 
カナコちゃんがどんな顔をしているのか、ぼくは知らない。
口から入ったときは、まだ小さな卵だったし、何よりぼくには目がないからね。

最初の頃はがむしゃらだった。なんとかしがみつける場所を見つけたのはいいけれど、もしも大量のアルコールや薬物が入ってきたら一巻の終わりだからね。ぼくらがニンゲンに定着できる確率もまた低いんだ。入ったニンゲンが暴飲暴食をしたり、糖尿病だったり、アル中だったら、残念だけどそこでは暮らせないんだ。
毎日がどきどきだったけれど、どうやらカナコちゃんはアル中でも病気でもなかったから、ぼくもこうして成長できたというわけさ。
 
その間、色々なことを学んだよ。
体温や腸内のホルモンバランスから、カナコちゃんの体調の変化や感情の起伏もわかるようになった。言葉だって、最初は何をしゃべっているのかさっぱりだったけど、次第にわかるようになった。今では、カナコちゃんが誰とどんな内容の会話をして、どんな気持ちなのかもわかるようになったんだ。
 
そこでわかってきたのが、このカナコちゃんという女の人は外側と内側がバラバラだということ。二十六歳にもなるのに、思っていることをうまくいえないみたいなんだ。その結果、嫌なことも嫌だといえず、自分ですべてを抱え込んでしまってる。仕事だって朝から晩まで電話で文句ばっかりいわれて。その後はその後で上司から頼まれた書類なんかを作っているみたい。いつだって断れず、毎日夜遅くまで働いている。家に帰ってもため息ばかり。
 
ぼくにはそんなことどうだっていいんだけど、でもそれが原因で体調が悪くなられたら、お腹の中にいる身としてはたまったもんじゃない。それに食欲をなくしてもらっては困るんだ。ぼくにとっては死活問題だからね。
 
実際、カナコちゃんはあんまり食べない。
会社で嫌なことがあったりすると、晩ご飯を食べてくれなかったりもする。
友達だって仕事関係での知り合いばかりで、心を許しているのは、学生時代から仲良しのケイコちゃんぐらい。ケイコちゃんと会話する時だけ声が違うからわかるんだ。いつも夜中にケイコちゃんに電話しては仕事や上司のぐちばかり。

「あ、もしもし、ケイコ? 今大丈夫? 良かった。最近仕事の方はどう? え? この前いってた仕事決まったんだ。へぇ、すごいじゃない。やっぱり広告代理店の社員っていいなぁ。え? しんどいっていっても私よりはいいじゃない。やりがいあるんだから。私なんて、しがない派遣社員で毎日毎日、パソコン初心者のおじいちゃんやおばあちゃんの電話ばっかり取ってさ。今日なんて朝イチに取った電話でいきなり怒鳴られたんだから。そう、電話とった瞬間に『どうなってるんだ!』って。知らないわよ、電話が混んでるだなんて。だって人が少ないんだから、会社にいってよって感じ。でしょう? こっちは朝から晩までひっきりなしに電話取ってるのに。え? それでも何とかやってるけどね。うん、大丈夫。あ、今度の土曜日ってどうしてる? そう。じゃあ、日曜は?」
 
そんなこと話している暇があったら、もっと食べて欲しいよ。
でも、このケイコちゃんのおかげでぼくはカナコちゃんの中に入ることができたんだ。
去年の秋、ケイコちゃんが北海道旅行に誘ってくれなかったら、カナコちゃんは北海道なんて来なかっただろうし、そうするとぼくだってカナコちゃんには出会えなかった。
さらに、ケイコちゃんが頼んだサラダに乗っていたサーモンをカナコちゃんに差し出さなければ、ぼくはカナコちゃんの体には入れなかった。
ぼくはそのサーモンの身についていたんだから。
 
ケイコちゃんが苦手だといったサーモンをカナコちゃんが食べてくれなければ、ぼくは残飯として捨てられていたかもしれない。
猫や犬に食べられても、ぼくらは成長できない。どういうわけかそうなんだ。
ニンゲンにたどり着けるのは、ごく一部。
何より、ぼくらの仲間がもうほとんどいないんだ。

ぼくらは、人間のカラダの中でないと大人になれない。大人になってはじめて卵を産めるようになるんだけど、水洗便所に流されてしまうと、そこで終わり。川へ便が流れてくれないと駄目なんだ。なぜかというと、川の中でぼくらは孵化し、まずミジンコの中に入らないといけないから。ミジンコに入れたら、今度はサクラマスに食べてもらわないといけない。サクラマスに入れたら、今度は人間に食べられないといけない。それだけでもものすごい確率なのに、今では水洗便所が当たり前になってしまったから、このサイクルが回っていないんだ。ニンゲンに住み着いてみて、よくわかったよ。
 
そんなに回りくどいことなんかしないで、人から人へ移動できればどんなに楽だろうと思うよ。だけど、長い長い時間をかけてそういう生き方を選んできたんだろうし。たぶんご先祖さんは仮にどれかの種が絶滅したとしても、人類とミジンコとサクラマスのどれかが生き残っていれば、新たな道を探せると考えたのかもしれないね。
だけど、種の絶滅なんていうよりもっと現実的なところで、自らの道が閉ざされようとは思わなかっただろうね。
 
とにかく、ぼくもご先祖さんからの引き継いできた記憶に従ってその道を歩んできたわけなのさ。
ぼくが今、こうして生きていることはきっと奇跡に近いと思う。
感謝しなくちゃ。
 
だからこれまでは、ちょっとぐらい食が細くたってカナコちゃんのお腹の中で何とか静かに細々と暮らしてきたけど、もう我慢の限界だよ。
嫌なことがあったぐらいで何も食べてくれないんじゃ、やっていけない。だいたい、いつもだってコンビニの弁当だとか、お総菜だとか、お菓子だとか、たいして栄養にもならない物ばっかり食べているのに、これ以上食生活が貧困になったらたまらない。
 
そろそろ、カナコちゃんにはきちんと食べてもらわないと。
そこでぼくは、行動をおこすことにしたんだ。

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