エピソード
登場人物紹介
◆サナディー:
言葉を理解するサナダ虫
◆カナコ:宿主
◆ケイコ:カナコの親友
著者プロフィール
予定通り、カナコちゃんはナカタさんの会社で働きだした。おとなしかったカナコちゃんだけど、ナカタさんや他のスタッフが異常に元気だから、みんなに引きずられるように少しずつ明るくなっていったんだ。
仕事も嫌じゃないみたい。毎日色んな人が訪ねてくる会社だけど、初対面の人とも結構うまく話せるようになってきたし。何より毎日が楽しそう。
もう心配ないね、カナコちゃん。
「おー来た来た。待ってたよ、エンドウくん」
「あ、遅れてすいません! ちょっと出掛けに一本電話が入ったんで。あれ? ケイコ、どうしたの?」
「お疲れー、カナコ」
「いやさ、今日のエンドウくんの歓迎会、ついでにクリハラに声をかけたら来るっていうから。ほんと、ちゃんと仕事してるんだか」
「してますよ、ちゃんと。それよりカナコ、どう? ナカタさんのところは。そろそろひと月経つけど、セクハラとかされてない?」
「失礼なことをいうな。こう見えても、セクハラと痴漢と下着泥棒だけはしないと誓っているんだ」
「あはは、大丈夫よケイコ。すごく良くしてもらってるから」
思えば、ぼくはカナコちゃんに何もしてあげられなかったね。してあげられないどころか、ぼくのせいで会社をクビにさせちゃったり、あのときは本当にごめんなさい。
「あ、そうだ、エンドウくん。他の奴らは? まだ事務所に居た?」
「あ、はい。ちょっと遅れていくから先にやっててくださいって」
「まったく、しょうがない奴らだなぁ。ダラダラやってるから仕事が終わらないんだ。オンとオフってもんがわかっとらん。そういう意味ではクリハラの方がまだマシだ。タダ酒と聞くと仕事をほったらかして飛んでくる」
「別にタダ酒飲みたさに来たんじゃありません!」
「じゃあなんで来たんだ」
「ナカタさんが来いっていったんじゃないですか。それに明日はカナコの誕生日だから、そのお祝いもかねて」
「そうだったのか」
「そうだったのかって、最初に会ったときにいってたじゃないですか。ほんと、人の話聞いてないですよね、ナカタさんて」
「そうかそうか、明日はエンドウくんの誕生日か。で、何歳になるんだっけ?」
「二十七歳になります」
「バカね、カナコ。二十八っていえば良かったのに。そうすれば給料がまた一万あがったかもわかんないのに」
「バカはお前だクリハラ。そうやって人を騙すことばかり考えやがって」
「あははは」
でも、こうして楽しそうに笑えるようになって良かったね、カナコちゃん。変なセミナーを受けたときはどうなることかと思ったけど、良かった良かった。
「で、エンドウくん。明日は彼氏にお祝いしてもらうのかい?」
「いえ、それが特に予定もなくて」
「そんなこといいながら、ほんとはちゃんと彼氏とかいるんじゃないの?」
「ナカタさん、そういうのをセクハラっていうんですよ。ねぇ、カナコ」
「これのどこがセクハラなんだ。こんなものがセクハラだったら、ろくに会話もできんじゃないか」
「いいのよケイコ。ナカタさんたちのおかげで毎日結構楽しいんだから」
「みんなうるさいでしょ。すぐ馬鹿なことばっかりいうし」
「馬鹿は余計だ」
それにしてもサトルって変な奴だったよね。あれから訪ねて来ないけど、どこで何やってるんだろうね。きっとまたどこかで適当なことばっかりいって女の子を悲しませてるのかもね。だけど、カナコちゃんがセミナーでおかしくなったときに助けてくれたのは、アイツなのかもしれないよね。でも、ぼくはやっぱり嫌いだな。あんな奴より、きっともっといい人が見つかるよ。
「しかし遅いなぁ、あいつらは」
「どうします? 先に飲みはじめちゃいます?」
「どうした? 酒が切れたのか、アル中クリハラ」
「アル中じゃありませんから。でも、遅いですよね」
「とりあえずビールでも頼むか」
「あの、もうちょっとだけ待ってみません?」
カナコちゃんはやっぱり優しいよね。そんな優しいカナコちゃんと出会うことができて本当に良かったよ。いろいろあったけど、またこうして元気になってくれて、ぼくはとても嬉しいんだ。結局、ぼくは何もしてあげられなかったけど。
だけどね、カナコちゃんがひとりぼっちになったとき、ぼくは神様にお願いしたんだよ。ぼくの大好きなカナコちゃんを助けてって。元通りに戻してくださいって。
そしたらさ、ケイコちゃんともちゃんと仲直りできたし、こうして新しい仕事だって決まった。神様って、本当に居るのかもしれないね。
前よりちょっと元気になって、楽しそうに笑っているカナコちゃんを見ているだけで、ぼくは幸せなんだ。もう大丈夫だよね、カナコちゃん。
「おー、来た来た。遅いぞ、お前ら。遅いことは牛でもするぞ」
「牛はないでしょう、ナカタさん、みんな働いてたっていうのに」
「うるさいクリハラ。ビールでいいか?」
そろそろお別れするときがきたみたい。
「エンドウさんもビールでいい?」
「あ、はい」
ぼくはね、カナコちゃん。いつの間にか、自分のことよりカナコちゃんの方を大切に思うようになったんだ。ぼくらは普通、ひたすら長くなろうとするんだ。そうした方がたくさんの栄養をもらえるからね。だけどね、それじゃあカナコちゃんの栄養を奪っちゃうことになるじゃない。本当は居させてもらえるだけで感謝しなくちゃいけないのに、ぼくのせいで前の職場もクビになっちゃったし、悲しい思いをさせちゃった。そのうえ、たくさんの栄養をもらうなんて、ぼくにはできなかったんだ。だから、ぼくは長くなることを止めたんだ。
「お前らも全員ビールでいいな? 何? ウーロンハイ? ふざけるな。乾杯はビールしか認めん」
「なら最初から聞かなきゃいいじゃないですか、ナカタさん」
「うるさい。乾杯から軟弱な飲み物を頼む奴がいないかどうかの確認だ」
「なんですかそれ」
「とにかく全員ビールだ。クリハラ、ちょっと店員を呼んでくれんか」
だけどね、いくら長くなることを止めてもね、結局カナコちゃんの栄養を摂っちゃうじゃない。そうしないと、ぼくは生きていけないから。でもね、ぼくがもっと短くなったら、もらう栄養も少なくて済むでしょう。だからぼくは自分のカラダを短くすることにしたんだ。
「ナカタさんこそアル中じゃないんですか? 機嫌悪くなってますよ」
「やかましい。いいからビールを六つ頼んでくれ。ほら早くせんか」
「やっぱりアル中じゃないですか」
「あのな、俺はビールを酒とは認めとらん」
「すいませーん! 生ビールを六つお願いしまーす! 大急ぎで!」
極限まで短くなって、もらう栄養もぎりぎり少なくして、少しでもカナコちゃんに迷惑をかけないようにしていたんだ。だから、今は、もうカナコちゃんにしがみついているのがやっとなんだ。きっと今、ビールが入ってきたら、ぼくはつかまっていられないと思うんだ。
だけど、それでもいいんだ。だって、カナコちゃんが元気になってくれたから。ずっとそれを願っていたんだから。前に会社をクビになったときには、送別会も開いてもらえなかったのに、今はこうして歓迎会をやってくれる仲間も出来たしね。本当に良かったね、カナコちゃん。ぼくはそれをただ見届けたかったんだ。
「おー来た来た。ほら、エンドウくんも。みんなも揃ったか?」
だから今日は思いっきりお酒を飲んでよ、カナコちゃん。恨みなんてしないから、好きなだけワイワイ騒いでよ。ぼくなら大丈夫、もうずいぶん前から覚悟はしていたから。
それにね、ぼくはそろそろ寿命なんだ。サナダ虫の寿命は長くて三年。ぼくはそれよりちょっと短いけど、カナコちゃんと一緒に居られて、ずいぶん楽しい思いをしたからね。お別れするのは辛いけど、いつまでもお世話になるわけにはいかないから。
「えー、それでは、みんな揃ったところでエンドウくんの入社を祝しまして……」
「あ、あとカナコの誕生日祝いもかねまして……」
「そうだったそうだった。お誕生日おめでとう、エンドウくん。これからも頑張って働いてくれよ」
「あ、ありがとうございます」
明日で二十七歳になるんだね。
一日早いけど、誕生日、おめでとう、カナコちゃん。
ぼくがお腹の中にいたことなんて、カナコちゃんは知らないと思うけど、長いこと勝手に居座っちゃって、ごめんね。
これからも、元気でね。
「では、カンパーイ!」
「カンパーイ!」
仕事、頑張ってね。
ケイコちゃんと、仲良くね。
あと、いい人見つけてね。
風邪、引かないようにね。
今まで、本当にありがとう。
じゃあね、カナコちゃん。
バイバイ。
「久しぶりぃ、カナコ」
「久しぶりでもないでしょ、ケイコ。先週飲んだばっかりじゃない」
「あ、そっか。でもあの日、結構飲んでたよねぇ。カナコにしては珍しく」
「うん、何だか楽しかったから」
「ナカタさんたちも最後の方はベロンベロンだったよねぇ」
「そういうケイコも結構酔ってたじゃない」
「あぁみんなが飲んべえじゃあね、こっちも飲まないとやってられないよ」
「広告業界の飲み会って、いつもあんな感じなの?」
「人によるかな。それにだいたい飲み会っていっても接待だから、身内で飲むときぐらい楽しくっていうのもあるんじゃない?」
「いろいろ大変なんだね、広告の仕事って」
「どう? カナコ、やっていけそう?」
「うん。なんかみんな私がこれまで会ったことがない人種というか。でも、楽しいよ。やっていけそうな気がする」
「それは良かった。一応紹介した立場ってのがあるからね。すぐに辞められでもしたら、ナカタのおっさんにまた何いわれるか、わかったもんじゃない」
「そっちの心配?」
「違う違う。冗談よ。でも、良かったね」
「ねぇ、ケイコ。変なこといっていい?」
「どうしたの? また何かの勧誘?」
「違うって! 真面目な話なんだけど、信じないかも」
「何?」
「信じる?」
「そんなの、聞いてみないとわからないじゃない」
「じゃ、止めとく」
「わかった。信じる。信じるから、何?」
「あのね、ここ最近、っていうか、ここ二年ぐらいだったんだけどね」
「だから、何?」
「誰でもさ、頭の中で考えることってあるじゃない。声に出していわないだけで」
「そりゃあるよ。思ってること全部いったら、私なんて殺されると思うもん」
「あるよね、普通。実際の声としては聞こえないけど、なんか聞こえてくるような言葉って」
「それがどうしたの?」
「たとえば何かのときに、それはいけないんじゃないのか、とか」
「あるある。私なんて。それは人としてどうなのか、とかよく思うもん。そういうのを、良心っていうのかもね」
「私ね、それがお腹の方から聞こえるようなことがあったの」
「なんでお腹?」
「わからない。でもお腹から聞こえてくるの」
「錯覚じゃないの?」
「私もずっとそう思ってて、だから誰にもいわなかったし、そういうもんなんだって近ごろは普通になってたんだけどね」
「で、どんなことが聞こえてくるの?」
「んー、なんていったらいいんだろ。いつもではないんだけど、落ち込んでたりするとね、ガンバレーとか、そんな感じの言葉が聞こえるの」
「ふーん」
「あのときだってそう。ケイコと喧嘩っていうか、私がおかしくなってたとき。あのときケイコに謝る気持ちになったのも、その声のおかげなの」
「まぁそれは内心そう思ってたってことだろうけどね」
「まぁ、そうなんだけどさ」
「誰でもそういうのってあるんじゃない? いいじゃない、それで」
「それがね、急に聞こえなくなったの。あの飲み会の翌日から」
「変な声が聞こえなくなって良かったじゃない」
「そうなんだけど、なんか、こう、変な感じなの。寂しいっていうか、なんていうか」
「なんで寂しいの?」
「わからない。だけどなんだか寂しいの」
「どこら辺が?」
「お腹…の、ちょっと下あたり。えーと、ここら辺。ここがなんだか凄く寂しいの」
「ふーん」
「それがね、何でだろうと思って」
「想像妊娠でもしてたんじゃないの?」
「ほら、やっぱり真面目に聞いてくれない。もういい!」
「怒らなくていいじゃない、カナコ」
おわり
- 寄生虫サナディー
第三十二回